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労働時間管理における日本文化の壁

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ここ数日、国会では「同一労働同一賃金」についての議論が何度も採り上げられています。政府が5月にまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」の柱の一つとなるとのことで安倍首相の力の入れようが感じられます。

「同一労働同一賃金」、労政審で法改正議論

同一労働同一賃金については先日のブログでも少し違った目線から所感を述べさせていただいたのですが、日本の労働環境における文化において、この議論はかなり難しい部分があるのではと思っています。

この議論の前に、ホワイトカラーエグゼンプション制度の導入がうまくいかなかったことがありました。

この制度はいわゆるデスクワークや企画職において、時間で給与を決定することから”除外”し、時間管理を労働者に任せようとする制度です。ただ、こちらの制度は「残業代ゼロ法案」と野党や各団体から批判され導入にはいたっていません。

これは、日本は終戦後の高度経済成長において、ものづくり大国として大きな飛躍を遂げ、その中心にあったのが工場労働者等のブルーカラーと呼ばれる労働者だったことに端を発しているのではと思います。工場労働に関しては、原価計算などでも分かるように、生産物に対する労務単価、時間による効率というのが目に見えて分かり易く、労働時間イコール生産量、成果として把握できるため、これを労務管理の全てとして管理することが望ましかったのです。

しかし時代は大きく変わり、3次産業等のサービス業が中心になってきている中、企画職などは時間ではなく成果に応じて賃金を支払う制度が必要になってきています。特に高度な知識を要する専門業務やIT業務に関しては、1時間残業したから成果が出るものではなく、自由な裁量を持たせることで成果が出る可能性が高くなってきます。

私感としては、ホワイトカラーエグゼンプション制度は導入すべきと思っているのですが、その導入に関しての反対の意見が多く出ており、第1がこの制度を導入すると企業は時間に関係なく労働者を使うことができ、残業代が搾取されるというものが主なものです。これは確実にブルーカラー的な意識が生みだしているものと思います。

この制度の導入に当たっては、使用者の時間管理という意識改革もさることながら、労働者の時間の管理の仕方の意識改革が重要と思われます。時間に管理されないということは、うまく使えば労働時間を減らしつつ、成果を出せば今まで以上の報酬を得られるはずだからです。このあたりの労働時間に関する意識概念をどこまで日本人が改革できるか、なかなか難しい問題ではありますが、これからの時代に向けて是非みなさま一人ひとりが考えていただきたい問題だと思います。

日本の労働時間管理に関する法制度は現状に対してかなり限界がきていると感じます。そして、いろんな制度がいまだ中途半端に導入されており、企業の労務管理を煩雑にしているようでなりません。例えば、管理監督者については残業時間や休日出勤の支給から外れますが、深夜手当は支払わないとなりません。これもおかしな制度で、午前休んで午後から出社し、夜遅くが仕事の中心という働き方の管理職の方もいるのではと思いますが、そのような働き方には合致しません。また、裁量労働制という制度がありますが、ある一定の高度専門職に限り、労働時間の管理から外れるというものですが、これも深夜手当や休日手当は支払わないとならないとされています。

このように労働時間の管理手法は複雑化し、混迷しているようなところではあります。まだ過重労働等の問題も絡んできますので簡単には解決できることではないと思います。しかし働き方を考える上ではとても重要なことと思いますので、是非この問題に意識を持って考えていただけると幸いです。

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